振り返ってみてみても女性と仲良くしたいとかお店を流行らせたいとか好きな人と近づきたいとかすべてかなっている。
要するに願い事はすべてかなっているのだ。
願えばそれに向けた行動を取るし当然叶う確率も上がっていく。
もちろん叶わなかった願いも多々あるけれども、かなったものを見てみるとすべて自分が過去に願ったものばかりであることが見て取れる。
願わないものは行動に移さないし叶うわけがない。願うものは行動に移すし叶う可能性も上がる。願って行動に移しても諸条件によって叶わないこともでてくる。そこは努力かもしれない。
しかし出発点はおそらく願うことだろう。願うことでそれに向けて意識のフォーカスが向くからだ。
だから叶えたい願いがあるならばまずは願うことだと思う。そしてそれに向けて行動を起こす。そうすれば叶う確率が上がるのだ。
行動あるのみ。それにはまずは願うことだ。願えばそれに向けた行動は自ずと起きてくる。
ともかく願いに向けて行動をしていけばいいのだ。
願うものがないわからないというのもそういう願いを今は見たくないという願いなのだからただ遊んでいればいい。
願いたいけど願えれないというのもそういう状態を願っているのでそのままもがけばいい。
そんなん嫌だと思ってもそれが願いなのだからしょうがない。
じゃあその願いはどこから来るのかといえばそれは宇宙から来る。根源から来る。願いは宇宙の願いなのだ。
私たちは宇宙からの願いをキャッチしてそして願い行動する。
つまり人生は宇宙次第なのだ。
そんなん嫌だ俺は願い行動すると言ってもすぐにめんどくさくなるのは宇宙から願いが来ないからだ。一念発起して実際に願いを叶えることもある。それも宇宙次第なのだ。
この発想の利点は責任を宇宙に丸投げできる点にある。
願っても続かないのはそもそも宇宙が許可していないから。現実は宇宙の願い通りになる。
あなたは願ったことを行動に移していけばいいしその願いが宇宙の願いかどうかは続くか叶うかとかでわかる。
宇宙の願いならば物事はトントン拍子に進むからだ。あるいは紆余曲折あっても努力は続くしいずれ叶う。
結局はこの世界の大いなるうねりがあってそのうねりこそが世界なのだ。
どうなるかは宇宙次第だしそのうねり次第だし人間にできることはそのうねりを楽しむことだけなのだ。
つまり視点が上がると人間の成功不成功と言ったものは問題じゃなくなる。
そのうねりを楽しむこと自体が目的となる。
そのうねりが楽しいかどうかも宇宙次第だから結局は宇宙次第だと言える。
だから願いがあるならば片っ端から願って行動に移すしかない。それが宇宙の願いかどうかも宇宙次第なのだけど人間にできることはそこまでだから。


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