脱力はとても良い手法だけれどもそれは休むためのものであっていつでも脱力をして休んでいては何も味わえない。
現実で何が大切か私たちは何をしに来たのかといえばこの世の生の生々しさを味わいに来たからだ。
それに疲れ果てて脱力という手法を身につけたのだけれども常に脱力をして休んでいては何も味わえない。
本当の目的は生の生々しさを味わいに来たのだから。
だから一番良い方法は「生時々脱力」となる。
基本的にナマの生々しさを味わって、時々脱力をして休む。
このいつでも脱力という岸に戻れることが分かっていれば全力で生の生々しさを味わうことができる。
いつでも逃げれるなら物事に全力で取り組めるからだ。
生々しいだけではくたびれ果ててしまう。
脱力だけでは生々しさは味わえない。
だから両方。
両方を表す言葉は打ち消し合って中途半端になってしまう。
だから表すとなると文章になる。
生時々脱力。
これで行こう。


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