人生には自分の担当スべきところと担当できないところがある。
私は瞑想を習慣にしているが毎日座ることは自分の担当だけれどもそれがうまくいくかどうかより良い結果になっていくかは担当外だ。
最近はないけどやはりやるからには良い方向に変わっていってほしいと思うだろう。
しかし実際に効果が出るかは実は自分の担当ではないのである。
自分にできることはただやること座ることだけなのだ。
もちろんこうした類のことはやれば大抵はうまくなっていくから続けていればいいものではある。
しかし人生にはもう一つの側面がある。
自分の担当できないものであるにもかかわらずかかわらないといけない部分だ。
例えば恋愛。
自分の出来ることは彼女に対して誠実に付き合うこと。
しかし彼女が機嫌良くなるかや盛り上がること、彼女とうまくいくかどうかは実は担当外なのだ。
普通彼女と付き合うからには楽しくありたいとか盛り上がりたいとか結婚したいとか思うものだ。
しかしそれらは実際には自分の担当外なのだ。
先の瞑想の話と一緒で自分に出来ることはただ一緒にいることだけなのだ。
そしてもう一つの側面があると行ったのは瞑想なら自分が座れば悟るか悟らないかは別にして続けることが出来るしその結果として悟ることもあるかもしれない。
しかし恋愛とか就業といったものは自分が続けたくても続けられない場合があるものもあるということだ。
彼女が別れたいと言ったり会社が倒産したり、自分の意思ではどうにもならないものがありつつもやるしかないものがあるのだ。
実は社会ではそうしたものが多いように思う。
車が故障するとか事故に合うとか恋愛がうまく行かないとか仕事がうまく行かないとか、実は担当内と担当外がごっちゃになっているし、担当自体も外されることもある。
自分にできることは車を整備する、安全運転する、誠実に接する、きちんと仕事をするといった自分の担当内のことだけであり、車が故障するか事故に合うか恋愛がうまく行かないか仕事がうまく行かないかは全くの担当外のことなのだ。
逆に言えばそうしたものは担当外なので放っておけばいいと言える。
自分の担当内だけで頑張っていればいい。
彼女とか職場の同僚と盛り上がらなくてもそれは担当外なので自分にできることは誠実に接するとか何かしら自分の取れる範囲で行動を考えていけば良い。
何事もそうだけれども過程と結果は別なのだ。
過程は選べるけど結果は選べないのだ。
学校ならば勉強すれば100点は取れる。
しかし恋愛も仕事も何事も社会の多くはやっても保証されるものはあまりない世界なのだ。
その中でもそうしたものとうまく付き合っていくのが人生だ。
もちろんその中でもこうした考え方のように何度も何度も学ぶことによりそのレベルを上げていくことが出来るからそれにより成功率も上がるから何事も無駄ではないと言える。
しかしどちらにしろやってもうまくいくかはわからない、途中でゲームが終わることもある中でやるしかない、そして世界はそうした物で溢れているのだ。
だからそうしたゲームの違いがあるということを理解しておくと保証にはならないけれども安心にはなるので自分の生きやすさには直結していくのでここは是が非でも理解しておきたいところ。
そして大切なのはこうしたものは実際に自分の中で落とし込むことが大切だということ。
自分の中で確かにそうだと腑に落ちることが大切であって、本で読んだとか誰かが言っていたとか言ってもあまり効果はない。
本来ならば自分で確かめて理解することが大切だけれども、もちろん本やこうして人が発信することからヒントを得ることも大切なのだけれども、自分の中で実際にそうだと理解するためには実際にそうした視点に立って世界を眺め実際に試した結果そうだそう考えると楽になったと実際に腑に落ちる事が大切である。


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