今のところ持っている手段としてはあきらめる、脱力、呼吸、楽などがあるがこれらはいくつもあるのはその時時で有効な手法が変わるからだ。
接客業務では楽な状態でいたほうがお客さんに受けが良いから楽が採用される。
しかし寝るときに楽でいよう楽でいようと意識すると眠れなくなるから、あきらめるで無力の状態になる必要がある。
またストレスやイライラがあるときには諦めているとイライラしてくるので、緊急避難的に脱力や呼吸で今に戻る必要がある。
常に心も変化するしその時時で求められる状態も変わるからいくつか手段があるのは仕方がない。
本当はどんなときでもこれ一つあればいいと言うのを本当は目指したかったけれども、武道の達人も背負投しかできないというよりも裏投げや掬い投げ大外刈などその時時で有効な手を使えるほうがいいのかもしれない。
少なくとも現状自分の人生において常に心地よい状態を保とうとすると、その時時で合う技に切り替えざるを得ない気がする。
ちなみに自然に生きればいいじゃんと思うかもしれないが、自然というのは武道や禅で言う最終段階なので、すべての技が自然にできるようになって初めて自然な感じになるのであって、最初から物事を自然に自然に行うことはできないのだ。
どうしても緊張やら動揺やらで自然にはいられないだろう。
そういう意味では自然というのは鍛錬の果に行き着くものであって最初から自然になれるわけではない。
まあ一意見には緊張やら動揺やらも起こることも含めて自然にいられればいいという意見もあるが、なかなかに変動の激しい世の中そんなにしょっちゅう緊張やら動揺していては身が持たないだろう。
何しろ仕事でレベルが上がればなかなかそうそうそのまんまでいることもできない。
だからそうした鍛錬をすることはいいんじゃないかと思う。


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