人により接し方は違う

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この世には80億人の人がいる。

そして会う場面も職場だったり道端だったりお店だったりと多種多様だ。

そして実はそのどれもが微妙に接し方が違うのである。

上司と友達は違うし、親と彼女との接し方も違う。

お客さんとも違うし、お客さんの種類によっても違う。

だからどんなときのいつもの自分でというわけにはいかない。

意外に思われるかもしれないが人は場面場面によって接し方を変えているのだ。

もちろん取引先の社員とか面接のときの面接官といったわかりやすい場面だけではなく、職場の中でも立場や性格によって実は接し方は違うのである。

これはとても盲点だった。

どんなときも偽りのない自分自身でと思っていたのだが、実際には変えることは卑屈でも卑怯でもなく、むしろ礼儀と言えるほどなのだ。

僕は使い分けが苦手だったし人により態度を変えるのはいやらしいと思っていたが、むしろ態度は変えないのだが姿勢は変えるべきなのだろうと思う。

距離感によっても違う。

最初から偽りのない自分をと行こうとしても難しい。

相手の力量が上だったりするとなおさら難しい。

だから相手によって自分を使い分けることはいやらしいことでもなんでもなく、むしろ礼儀とも言える。

しかし出会う相手全てに毎回パターンを考えていてはしんどいので、僕は自分の中に何種類かパターンを持っている。

あきらめる、楽、丁寧といった感じだ。

概ね自分が楽な状態でいれば相手もらくだと思うのでそれで行きたいが、相手が女性だったりして喋らなきゃと思っちゃったりすると喋れなくなるので、あきらめるという姿勢が重要になってくる。

だけれども一旦喋れなくなったら諦めても無駄だったりするので、そこは仕方なく丁寧に切り替えて、丁寧な言葉づかいをしたりして礼儀を尽くしたりする。

だから人の数だけパターンを作るよりも、あらかじめ自分の中に何個かパターンを作っておいて相手によって切り替えることがいいと思う。

これはそんな大変なことするの?と思うかもしれないが、社会で生きていくうえでこうした技術を身につけておくことは自分を助けることになる。

どんなときも自分の身一つと突き進むより、こうした技術を身につけておくことでよりスマートに世の中を渡っていくことが出来る。

そんな事するの?と思われるかもしれないが、もちろんしていない人も多いとは思うけれども、やっておくと有利であるとは言えると思う。

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