強さより十二分にやったかで決まる

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強さには違いがあるのは仕方がない。

立場だって運やめぐり合わせで違いが出てくるのは仕方がない。

しかしそんなに強くなくても強く見える人や立場がなくても目を見張る人がいる。

もちろん強いことや立場が良いことは武器になる。

しかし人間の強さとしてはその人がどれだけ十二分に生きているかのほうが大事になってくる。

十二分に生きている人はたとえそれほど強くなくてもその人の世界では十分にやったことが見えるので強く見える。

それはその人が自分自身で知っているからだ。

自分が十二分にやっている人は強さにおいてあきらめが付く。

自分は十二分にやったのだから叶わないのは仕方がないとあきらめが付くからだ。

それがその人の余裕や優しさとなって現れてくる。

しかし本人に十二分にやっているという気持ちがないとどうしても張り合う気持ちが出てくる。

俺は本当はもっとすごいんだぞと競争をし始める。

しかし十二分に生きている人はそうした張り合いがない。

十二分にやっているからあきらめが付く。

それが潔さや割り切りとなって現れる。

それがその人の強さや魅力となって現れる。

人間界は80億人いるが必ずしも上位10万人だけが魅力的な訳では無い。

それぞれのステージで魅力的な人はいる。

それはその人がどれだけ人生を生き切っているかで決まる。

十二分に生ききっていない人は本人ですらわかっているし、そんなものは傍から見ても十二分にわかる。

だからそこら辺で人間のレベルがわかるのだ。

必ずしも強さは強さだけでは決まらない。

十二分に生ききった結果の弱さは何もしていない強さよりも強く見えるものなのだ。

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