物事にいいよという

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言ってしまえば自分の思いは1つの方法であって世の中にはそれこそゴマンの状態がある。

それを人は自分好みに変えていくのだがここで一つ盲点が有ってそれをわざわざ変えないでいいよで済ますという方法がある。

相手の態度に対して文句を言うのではなくいいよと済ます。

自分が暇で退屈をして苦痛を感じているのを抗うのではなくいいよと済ます。

そうすると問題がなくなるのではなく問題ではなくなる。

そうした許容力というか自分の器というものがあれば物事がどうであろうとだんだん反応しなくなります。

そうすると自分が強くなります。

どんな状態であってもイイヨで済ませれる自分になるからです。

いいよというのは勇気がいりますしそれなりの器が要ります。

しかし最初から人は器を持っているわけではありません。

自分の中で少しづつ物事にいいよとしてあげることで徐々に育っていくのです。

その時大切なのが自分の中のエネルギー残量を観ることです。

実際にいいよということで本当にエネルギーを消費するのか節約できるのか。

実際にいいよで済ませたら案外消耗は少なかったりします。

自分の中で物事を変えるエネルギーを使わないからです。

これは人に対してばかりではありません。

自分一人で過ごしていても何をしていいかわからない自分に対してもいいよと言ってあげるのです。

なにか生産的なことをしていない自分に焦りを感じていてもそんな自分にいいよと言ってあげる。

気持ちが定まらなくて苦しいときもいいよと言ってあげる。

そうして物事に対していいよと言ってあげられる人間になるとかなり成長するでしょう。

周りからは大人に見えますし自分自身でもあまり疲れなくなった物事に動じなくなった自分に気づくでしょう。

そうしたときあなたは以前ほど物事が変わっていないのにかなり自由を感じるでしょう。

世界は窮屈かもしれませんがそんな世界をいいよと許容してあげることでその苦しさは自由に変わるかもしれません。

何でもかんでもイヤダイヤダと言うのではなくいいよと言ってあげる。

そうすることで人はおとなになり生きやすくなるのだと思います。

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