どんな姿勢でいるか自分で選ぶ

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どうしても長年学校教育を受けているとその場の正解を探してしまう。

この場ではこれが正解、場面が変わったら次の正解を探す。

そうして正解を演じ続けているのになぜか疲れてしまう。

答えは正解を叩き出し続けることと自分がうまく泳ぎ続けることは別だからだ。

前者は周りからの評価は高くなるだろう。

求められる姿を常に演じるからだ。

しかし逆に後者は自分のエネルギーをうまく扱えるだろう。

ここはそこまでエネルギーを出す場面だろうか?

今はここにエネルギーを使おうと自分なりに考えれるからだ。

どうしても普通に生きているとその場の正解を探してしまう。

しかし大切なのは今の自分に何が必要かを自分なりに模索することだ。

自分なりにエネルギーの調整配分が出来るようになると生きるのがダンスを踊るかのように楽になるかもしれない。

自分なりにエネルギーの出し加減を考えて手を抜けるところでは抜いて出すべきところでは出すようにすると良いのかもしれない。

一日の中でも朝一人でいる時昼職場にいる時よる家族といる時と場面は切り替わる。

車で彼女といるときもあるだろう。

そうした場面すべてを正解を出そうとすると疲れてしまう。

自分は何のために生きているかわからなくなってしまう。

そうではなくて今自分に何が必要かを考えるとよいのかもしれない。

ここは疲れているから休むべきなのか、ここはいい関係を作るために頑張るべきなのか。

つまり相手に合わせて自分を作るのではなく、自分に合わせて自分を動かすのが良いと思う。

そうして自分に合わせて動く人のほうが結局は周りから評価されるのだから。

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