人間誰しもかつての自分の全盛期を知っていると思います。
これは誰しも訪れます。
今までの人生において一番良かったときが全盛期なのですから、誰しもあります。
問題はそこへ再び戻れるかどうかです。
おそらくそこに到達したときは狙ってそこへいったわけではないと思います。
人生やることなすことうまくいき始め人生に春が来たかのような感じだったと思います。
そしてそれが永遠に続くことを望みますが、クラス替えや進学転職等でそれも儚く消えてしまうものです。
そしてその状態に再び巡り会えずに今に至る。
そんな状態が普通だと思います。
なぜならその状態への戻り方を知らないから。
最初そうなったのはたまたまだからです。
もちろん自分の努力とか頑張りでそこに到達するのですが、スポーツを頑張ったからなのか勉強を頑張ったからなのか理由はあると思うのですが、その本質は何かがわかっていないからです。
スポーツを頑張っていた頃はとても輝いていたと言うことがあるかもしれませんが、それを今からマラソンに打ち込んでも当時の輝かしさが再現されるかどうかはわかりません。
実際にはマラソンを一緒にやる仲間がいたからとか結果を見てくれる異性がいたからだとか褒めてくれる先輩がいたからとか何かしら本質があるはずなのです。
逆に言えば本質としてのその理由が分かればそれを再現できることになります。
僕で言えば全盛期は何も考えずにペラペラ喋れていたのですが、おとなになった今それが再現しようとしても再現できなかったのです。
何かしら当時はできていた理由があるはずなのです。
結論から言えば栄養と心を開くという2つに集約されるのですが、そこに至るまではかなりの試行錯誤があったのです。
理由を聞けば栄養が整って心を開くことでペラペラ喋れるというのも納得かもしれませんが、答えを知らない状態でなぜだろうと考えてもなかなかそこにたどり着きません。
たどり着きませんが誰も僕が昔ペラペラ喋れていた理由など知りませんし、僕も知りません。
つまり誰も答えを知らないのです。
そこを見つけ出すのがおとなになってからの旅です。
そこがまるの幸せの見つけ方という活動だったのですが、集約すれば栄養と心を開くですが、ここは答え場人によって違います。
人によっては人に話しける勇気かもしれないし、コツコツ努力をする根気かもしれないし、人によってはすぐに怒ることをなんとかすることかもしれない。
人それぞれ現在地から全盛期の地点への戻り方が違うのです。
だからどこをどう直せば最盛期に戻るのかを自分なりに模索しなければなりません。
しかしそこをやり遂げたとしたならば、必ずや人生の絶頂期を再び味わえること間違いなしです。
ただしその道は自分でやらなければなりません。
なぜなら誰も答えを知らないし自分自身でもわからないからです。
他の人の言葉や本は参考になりますが、それをそのまま当てはめても答えにはなりません。
自分なりに試して模索して答えへの道を探るのです。
これはなかなかに骨の折れる作業ですが結構人生の大事業と言ってもいいくらいやりごたえがあります。
誰しも青春といった頃があったと思います。
そこにもう一度戻ってみませんか?
そして戻る道を見つけていつでも青春を味わってみませんか?
待ってます。


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